紅王子と侍女姫  69

 

 

身体中を締め付ける蔦に息苦しさと痛みを覚え、そして目にした光景に声にならない悲鳴を上げたまま、気を失っていたようだ。

どのくらいの時間が経過したのか解らないが、目を覚ましたディアナは息苦しさが和らいでいると安堵した。指先が自由に動くと気付き、直ぐに蔦を引き剥がそうとするが腕までは動かない。全身に巻き付く蔦に隙間は無く、動く指先で蔦を引っ張り少しずつ隙間を大きく広げていく。巻きひげ先の吸着部分が手や首の肌に深く食い込んでいるようで少し動かすだけでも痛みが奔るが、それでも必死に手足や顔を動かして隙間を広げる地道な作業を繰り返す。

やがて出来た隙間から森独特の香りが届き、ディアナは声を張り上げた。

 

「あのっ、御無事でしょうか? い、今すぐに助けますから!」

 

ナイフを胸に突き刺され、驚愕に目を瞠りながら倒れていく魔法導師の姿が脳裏に浮かび、ディアナは必死に蔦を引き千切る。どのくらい気を失っていたのか判らない今、倒れた彼が心配でならない。

一体どうしてこんなことに・・・と考えても仕方がないことだ。今は身体を拘束する蔓から脱して傷付いた魔法導師を助けるのが先決。そう思うのに手は震え、上手く蔦を掴み引き剥がすことが出来ない。

自分は王子の側に居たいと、自分が出来る精一杯で癒して差し上げたいと思っただけのはずだ。

それを王子も望み、結果ディアナは王太子妃への階段を歩き始めた。自覚と教養を得るために様々なことを学ぼうと決心し、目の前に広がる世界に驚きながら、王子のためになるならと喜びに胸躍らせて日々を過ごしていた。

しかし誰かを傷付けようなど思ったことは無い。望む未来が失われたとエレノアが自分を憎むのは前回の件で実感していたが、何故他国の魔法導師を巻き込み、そして傷付けるに至ったのか理解出来ない。

蔦を引き剥がすたびに視界が開けて来るが、頑丈な蔦や食い込む吸盤が首や手足の肌を引き裂くように擦れて痛みが奔り、その都度手が止まりそうになる。

 

「む・・・無理をなさらな・・・・」 

「その声はっ・・・・導師様、良かった! 生きてらしたんですね!」

「はい・・・・大丈夫、です」 

掠れた声が聞こえ、ディアナは全身から一気に力が抜けそうになる。蔦に掴まっている状態では力が抜けても座り込むことも出来ないが、汗が噴き出し足が酷く震え始めた。 

「いま、・・・・緩ませます。申し訳・・・・・ません」 

「ど、導師様、喋っては駄目です! 喋らず、動かないで下さい! すぐに助けを呼びに行きますから、どうか・・・お願いですから動かないで下さいっ」

 

掠れた声で何かをしようとする魔法導師に、ディアナは無理をしては駄目だと無我夢中で蔦を引き千切った。顔を覆っていた蔦が外れると、深い闇の中でも灰白色の衣装を赤黒く染めた魔法導師が起き上がり手を伸ばそうとしているのが見え、悲鳴を上げそうになる。

 

「今行きますから動かないで! 仰向けになって身体を楽にして・・・。大丈夫です、助かりますから。絶対に・・・・助けが来ますから」 

荒く浅い息を繰り返す魔法導師はディアナの声に目を開くと、僅かに薄く笑みを浮かべる。

助けが来ると言ったが周りを見ると深淵のような闇が広がる山奥であり、容易に人が訪れるような場所ではないと判り眉が寄ってしまう。

魔法導師を見るとナイフを突き刺された胸からは、今もじわじわと滲む血が衣装を染めている。ふと、大木が生い茂り月明かりも届かない場所でどうして彼の姿が見えるのだろうと首を傾げると、彼が持つ杖から月明かりに似た光が放たれているのが見えた。

魔法導師から目を離さず、どうにか蔦の囲いから脱したディアナは、すぐに明るい杖を持ち上げ斜面を下り、低木近くで群生している野草に駆け寄る。幸運にも目当ての野草を見つけることが出来たと葉を幾枚か摘み、血が滲む周辺に押し当てた。

 

「アキレアがありました。少しでも血が止まればいいのですが」 

「・・・ヤロウですね。・・・いえ、血が止まらずとも構いません。私はこの国の王太子妃となる貴女を連れ出すのに加担し・・・、愚かにも魔法導師としての矜持を失った」

「話はされない方がいいです。きっと迎えが来ますから」

「ああ、肌にたくさんの傷が・・・。守るべき相手に、魔法で傷を負わせてしまうなど・・・。ヤロウの葉は貴女が御遣いになって下さい。私のことなど捨て置いて構い―――」

 

ディアナは喘ぎながら語り続けようとする彼の口を塞いだ。これ以上体力を消耗させては駄目だと思うのに、彼はなおも口を開こうとする。 

「どうか・・・・、貴女様の傷に」

「導師様、お願いです! これ以上喋らずに助けを待って下さい。目の前で誰かが傷付くのはもうイヤです。必ず・・・・必ず助かりますから!」 

魔法導師の苦しげな表情と青白い顔色。額に浮かぶ汗と浅い呼吸。 

ディアナは放り出された彼の冷たくなった手を包み込み、安心していいと絶対に大丈夫だと、必ず助かるからと何度も繰り返す。全てを諦めたように口元に笑みを作る魔法導師の矜持など知らないと、強く強く手を握り締めた。

 

「・・・・殿下。ギルバード殿下・・・・」 

縋るように零れた言葉が涙腺を緩ませ、いまは泣いている場合じゃないと首を振る。

しかし幾ら拭っても溢れてくる涙が視界を歪ませ、魔法導師の衣装から滲む赤黒い染みをひどく恐ろしいものに見せる。何度もアキレアを摘み、その葉を何枚も重ねるが一向に血は止まらない。切り傷くらいならば直ぐに止血出来るはずが、滲む血を止めることが出来ないとディアナは唇を噛む。

夜の闇が一層深くなった頃、魔法導師がガタガタと身体を震わせ始める。

失血により寒気が出たのかと、ディアナは迷うことなくドレスを脱ぎ、彼の身体を覆った。

 

「・・・汚れ、ます。それに殿下が御覧になられたら、たいへん」 

「そんな場合では御座いません! ・・・お願いですから、体力が持つように大人しく動かずにいらして下さい。夜が明けたら、きっと探しに来てくれますから」

 

人里離れた山の奥。それも夜闇深い山の中だ。だけどディアナは信じることが出来た。

ギルバード王子はきっと探しに来てくれると。他国の船に乗せられた自分を見つけ出してくれたように、何処に居ても迎えに来てくれると不思議なくらいに確信出来る。 

今は魔法導師の体力が問題だと蒼褪めた顔を見た。寒い時期ではないが、横たわる身体の下は苔生した地面で冷えるだろうと手を擦る。荒く浅い呼吸が穏やかになるのを耳に、ディアナは手を強く握りながら迎えが来るのを待つしか出来ない。他国から来た魔法導師が、この国に絶望したまま息を引き取ることの無いよう願い続けるしか今のディアナには出来ない。

 

 

*** 

 

 

明けたばかりの柔らかな陽光を落とした場所に降りた鷲が変化を解き、三人の魔法導師の姿に戻る。

ギルバードは一度大きく息を吸い込み、リボンに目を向けた。淡く輝くリボンはディアナが無事だという証拠だと信じて、そっと包み込んだ。

 

「殿下、魔法の波動が感じられません。すべきことを終えて場を移動したか、もしくは魔法の必要ない状態となったか。魔法導師がナイフで傷付き、意識を失っている可能性もあります。ディアナ嬢のリボンの輝きは変わりないですか」 

「・・・中腹より上に強い反応がある。大まかな方向しか解からないが行くしかないだろう」 

「私は国境や海上に配された魔法導師に捜索を中止するよう伝えて来ます」 

「残りの二人は近隣の山々に魔法の波動が無いかを捜索致しますので、何かありましたら直ぐに御呼び下さい。ディアナ嬢へと導くリボンの輝きが絶えぬよう、祈っております」 

「ああ、ありがとう。エレノアが他にグラフィス国の魔法導師を要しているとは思えないが、お前たちも充分に気を付けてくれ」 

魔法導師がそれぞれ鳥の姿に変化し、一斉に飛び立った。一羽は上空高く舞い上がり、他の者は立木をすり抜けるように飛び去って行く。

ギルバードは地面に膝を着き、大きく息を吸い込みながら両手をついた。

慎重に気を配りながら魔法を発動し、仄紅く揺れ始める視界を見据える。

 

「ディアナのいる場所まで、俺を導いて欲しい」

 

揺れ始めた近くの木々から葉が落ち、ギルバードが近付くと引き継ぐように奥の木立が揺れ出した。導かれるように足を進めて一刻も過ぎると大きな岩が目に見えて多くなり、同時に急な斜面が広がる。大きな岩を避けて登って行くギルバードの額に汗が滲んだ。

朝露で濡れる苔生した岩を掴みながら、ディアナはこんな場所で一晩どんな気持ちで過ごしたのだろうかと焦りが込み上げる。東宮には余計な者が侵入しないよう魔法を施してあるが、王宮にはそれがない。

その分、近衛兵が多く配され、従事者の姿をした魔法導師が出入りする人のチェックを行っている。だが、仮縫いのため男である双子騎士が部屋内に入れない隙を突かれるのは想定外。まさか仕立屋と共に紛れ込むとは思いもしなかった。

今更だが、カリーナを同行させておけばと後悔する自分が情けないと岩を掴む。

 

王城に従事する魔法導師は本来、主と認めた王以外の前に姿を見せるのを嫌がり、瑠璃宮への立ち入りも厳しく制限している。ギルバードは生まれた時から魔法を宿しており、在籍していた魔法導師の子ということもあり瑠璃宮の出入りを許されていた。魔法導師たちの矜持や嫌うことを知っていた分、カリーナを私用で使うことを避けていたというのもある。それもディアナの立場を明確に出来ずにいた自分の不甲斐無さが原因であり、それでも彼女の気持ちを尊重しながら妃候補としてカリーナを常に従わせることも出来たはずだと、今更ながらに悔やんでしまう。

しかし、過ぎ去ったことを悩んでも仕方がない。

問題はエレノアが所持していたナイフに着いていた血だ。ディアナのものではないと信じたいが確証はない。父親である王弟幽閉に落ち込んでいるだけの女ではなかったと、他国の魔法導師を巻き込みディアナを執拗に狙い続けたエレノアの狡猾さに吐き気を催す。

 

「・・・今は、ディアナの無事を信じるだけだ!」

 

不安を払拭するように言い放ち、次の岩を掴む。ディアナの許へと周囲の草木が誘導するように揺れるのは彼女が生きているからこそだと信じ、ギルバードは先を急いだ。

山の中腹を過ぎると、右へ左へと揺れていた草木の動きが一定方向を示し始めた。 

「近いのか?」 

そう尋ねると草木は大きく揺れ、肯定しているように思えて手足に力が漲る。一歩近付くごとに間違いなく彼女が近くにいると確信出来、ギルバードは大声を出した。 

「ディアナー! いるなら返事をしてくれ!」 

この声が彼女に届いていると、届くと信じて何度も声を張り上げる。

  

 

 

 

鳥が一斉に飛び立つ音に、ディアナは近くに落ちていた枝を掴み身構えた。

高い梢の合間から眩しい朝日が差し込んでおり、いつの間にか眠りに落ちていたとわかる。

魔法導師からランタンを奪ったエレノアは王急に戻ったはずだが、再びこの場所に戻って来ないとは限らない。魔法導師を刺した後、生存確認をするために戻って来たとしたら・・・・。 

魔法導師は浅い呼吸を繰り返し、深く眠っているようで動かせない。身を守るものは手にした木の枝だけで、あとは心の中で王子の名を紡ぐしか出来ない。 

しかし聞こえて来る声とその内容に手から枝が落ち、ディアナは立ち上がった。

 

「ディアナー! 何処だ、返事をしてくれー!」 

「・・・っ!」

 

自分の名前を呼ぶ方向へ走り出そうとして苔に足を滑らせ、強かに身体を打ち付ける。だけど痛みを感じるということは空耳ではないと胸が昂り、声のする方向へと足を急がせた。木々に縋りながら急な斜面を駆け降り、安堵の余り力が抜けて震え出しそうな足を叱咤する。朝露で濡れた草に足を取られそうになりながら、それでも急いで声のする方向へ走り続けた。

そして突き出した大きな岩の上で止まり、声が何処から聞こえるのか耳を澄ませる。 

だけど途端に声は聞こえなくなり、ディアナは困惑した。

間違いなく聞こえて来たのはギルバード王子の声だった。自分を探しに来てくれたのだと、頭を真っ白にしてここまで来てしまった。それなのに聞こえるのは自分の鼓動だけで、幻聴でも耳にしたのだろうかと胸が苦しくなる。そうじゃないと痛む腕を擦ると同時に、深い傷を負っている魔法導師をひとり残して来たと思い出し、慌てて降りてきた斜面を見上げた。

鬱蒼とした木々が広がるのが見え、もし獣が血の匂いで集まって来たらどうしようと急ぎ岩場から離れようとして、ディアナは踏み付けた石にバランスを崩してしまう。 

「あ・・・っ!」  

このままでは落ちてしまうと、慌てて手を伸ばすが突き出した岩の上には何もない。どのくらいの高さがあるか解らないが、落ちれば間違いなく大怪我を負うだろう。一気に蒼褪めるが、岩場から離れ行く身体をどうすることも出来ない。

覚悟も出来ないまま宙に放り出された身体は、しかし何時まで経っても落ちることが無かった。どれほど高さがあるのだろうと考える余裕すらあり、だけど風を切る音は聞こえない。

聞こえて来たのは、ディアナが聞きたかった声だった。

 

「ディアナ・・・・危なかった!」 

「ギル・・・殿下っ!」 

 

何処から声が聞こえるのかと目を見開いた瞬間、ディアナの身体はギルバードの腕の中に落ちた。顔を上げると荒い息を吐きながら笑みを浮かべる王子がいて、夢じゃないのかと自分の腕を抓る。痛みを感じると同時に目が潤み出し、胸がいっぱいで苦しくなった。 

 

「まさかディアナが降って来るとは思わな・・・。っ! そ、そ、そ、それよりも俺の上着をすぐに着てくれ! は、話しはそれからだ!」 

「ああっ、ギルバード殿下! き、来て下さったのですか?」 

「ま、まずは俺の上着を着てからだぁ!」

 

本当に来てくれたと感激に声が大きくなるが、それよりも更に大きな声で自分の上着を着ろと言われ戸惑ってしまう。こんな山奥まで探しに来てくれた王子の上着を、早朝の気温が低い山中で脱がせる訳にはいかない。

 

「殿下、私は寒くなどありません。それより急ぎ上に戻って」 

「寒いとか寒くないとかじゃない! お、俺の上着を・・・・早く!」 

「は、はい。ですが殿下、・・・・降ろして頂けませんと着ることが出来ません」 

「っ! 悪いっ!」 

「きゃあ!」

 

抱き上げていた王子の腕が急に大きく左右に分かれ、落ちそうになったディアナは悲鳴を上げて手を伸ばした。無意識に自分がしがみ付いたのは王子の首だと判り、慌てて手を離そうとして再び抱き上げられる。慎み深い淑女への道は遠いと羞恥に目を瞬かせるディアナの身体が、痛いほどに抱き締められた。何と眉を寄せた瞬間、王子の鋭い声が山中へ響き渡る。

 

「そのまま首にしがみ付いていろ!」

「・・・っ!?」

 

何が起こったのか判らないまま、ディアナは強くしがみ付く。ディアナを抱きながら今いた場所から大きく跳ね上がる動きに驚き目を瞠ると、視界の端に緑の鞭のようなものが撓るのが見えた。地面を抉るほどに叩き付けられた鞭は直ぐに矛先を変え、近くの岩に飛び移った自分たちに向かって来る。何かに攻撃を受けていると判った瞬間、脳裏に浮かんだのはエレノアだった。もしかして自分と魔法導師の死を確認するために戻って来たのかと胸が苦しくなり、同時に王子に攻撃するのは間違っていると声を張り上げた。

 

「攻撃なさっては駄目です! ギルバード殿下がおられます!」 

「ディアナ、口を開くな! 舌を噛むぞ」

 

執拗な鞭から逃げるため乱立する木々をすり抜けながら王子が岩場を跳躍するから、確かに舌を噛みそうだとディアナは唇を噛む。上下左右に激しく揺れる中で周囲を見回すと、緑の鞭のようなものが目前に迫って来た。幾本もの鞭は王子の足や体を追うように宙を這い回り、まるで意識を持ち動いているように見える。ディアナが既視感を覚えて目を眇めると、それは鞭ではなく蔦だと判り愕然とした。まさかと、蔦が何処から伸びて来るのか見回した瞬間、迫り出した岩の上に魔法導師の姿を見つけ悲鳴が上がる。

 

「っ、駄目です! で、殿下が来て、くれました! だから、ど、どうかっ!」 

「ディアナ、喋るなと言った! 黙っていろ!」

 

岩上で蒼白な顔色の魔法導師が杖を支えに立っている姿が見え、息が止まりそうになる。

他国から来たばかりだという魔法導師はこの場にいる男性が誰か判らないのか、ディアナの声が届かないのか、攻撃の手を緩めようとしない。宙を這うように迫り来る蔦から逃れて木々や岩を跳ね回る王子も相手が解かっていない様子で、そのことを双方に伝えようにも激しい動きに口を開くことが難しい。

 

左右から迫り来る蔦がディアナを捕えようとした瞬間、ギルバードは手を払う仕種で蔦を粉砕した。

エレノアの指示なのか、山奥に下着姿で放置された彼女を蔦で捕まえようなど許せるはずもない。肩や腕、首筋など見える肌には針で突いたような細かな傷が多数あり、そこから血が滲んでいた。彼女の手や腹部にはべっとりとした血が付着し、そんな姿に動揺するなという方が難しい。

執拗に迫り来る蔦を払い落とすたびに視界が紅く歪んで見えた。

その歪んだ視界に淡く輝くリボンが揺れ、今にも暴走しそうな気持ちをギリギリで食い止める。首に強くしがみ付くディアナの髪がリボンと同じように輝き揺れるのも、伝わって来る声も体温もギルバードの気持ちを落ち着かせてくれた。

他国から来た魔法導師はディアナが何故エレノアに敵視されているか知らずに唆され、上手く利用されただけの可能性もある。彼の攻撃魔法が蔦だけであることに気付いたギルバードは、飛び移った大きな岩の上で魔法導師に叫んだ。

 

「おいっ! グラフィス国から来た魔法導師、少し話がある!」 

だが伝えた直後、幾本もの蔦が絡み合い始め巨大な鞭のようなものへ変化して撓り、岩上のギルバードへと襲い掛かって来た。寸前大きく跳躍して近くの木に飛び移ったが、巨大な鞭と化した蔦は岩を粉砕して木々を薙ぎ倒しながら尚も迫り来る。この状態では話しなど出来ないと判断し、ギルバードはディアナを強く抱き締めて上空に跳躍した。

蔦の届かない上空で静止し、腕の中で身を強張らせるディアナに問い掛ける。

 

「ディアナ、あれはエレノアに唆された魔法導師か」 

「そ、そうです!」

 

落ち着いた王子の声にディアナが目を開けると、山を見下ろすほど高い場所に浮いていると判り、悲鳴と共に思わず膝が持ち上げる。王子の腕はしっかりとディアナの腰に回り、自分も両手で強くしがみ付いているが、それでも足の下に何もないという状態はひどく恐ろしい。ディアナの心情が判ったのか、王子は膝裏に手を回して横抱きに変え、いつもの笑顔を向けて来る。 

 

「大丈夫だ。俺がディアナを落とすことは決してない。それより奴の攻撃のせいで話にならない。これ以上、山を破壊される前に、ローヴに連絡して奴の捕縛を任せることにする」

 

王子の言葉にディアナは蒼褪め、違うと首を振った。

 

「い、いえ! 導師様は私を助けてくれました。きっと殿下の顔を存じていないだけで、攻撃しているつもりはないのだと思います。どうか彼を助けて下さい! エ、エレノア様に・・・刺されて、たくさんの血を流しているのです!」 

「刺されたのは魔法導師だけか? ディアナに怪我はないのか? 肩や腕にたくさんの傷や血があるじゃないか。そ、それに、どうしてディアナはそんな姿なんだ? ・・・奴に無理やり脱がされた・・・という訳ではないのか?」 

「え・・・・?」

 

言われた言葉を耳にディアナは自分を見下ろした。

目に映るのはレオンが用意してくれたばかりの絹の下着で、その下着の至るところが土や血で汚れていた。血は魔法導師のものと蔦を引き千切る時に出来た擦り傷や吸盤部分を引き剥がした為のものだろう。土汚れも地面に座っていたから仕方がない。しかし折角頂いた上等な絹の下着がひどく汚れている事実に、綺麗に汚れを落とせるかしらと項垂れてしまう。

ふと強い視線を感じて顔を上げると目の前には眦を赤く染める王子の顔があり、ディアナはしがみ付いていた首から手を離して胸元で重ねた。今更だと判っているが、下着姿で王子に抱き着くなど粗忽にも程があると羞恥に顔を伏せるしかない。

その動きに激しく動揺したのはギルバードの方だった。 

 

「いや、み、見てないぞ! 見てはいないが、下着姿だというのは判るから、だ、だから・・・どうしてそんな姿なのかと。そ、それに血の汚れと傷がたくさんあって」 

「も、申し訳御座いません。御見苦しい姿を・・・お見せしてしまい」 

「いやっ、見苦しくない! だ、だけど寒そうで、だから俺の上着を」 

「・・・いえ、寒いのは魔法導師様の方です。たくさんの血が出て、それでドレスを被せ・・・、殿下! 早く彼を止めて下さい。胸に大きな傷を負っているのに魔法を使うなど!」 

 

急に蒼褪めたディアナが俺の肩を掴んで強く訴えてくる。その言葉に視線を落とすと宙を蠢いていた蔦が一本も見えなくなっていた。もしや力尽きたかとディアナを抱いたまま降下すると、やはり魔法導師は大きな岩の上で倒れているのが判る。何処から這いずって来たのか周囲には赤黒い血が流れ、ギルバードたちが駆け寄っても動かない。

 

 

 

 

 

 

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